第4話.人工知能(AI)時代における弁理士資格の価値(後編)
次に、弁理士の仕事が人工知能で代替え可能であるか否かについて、「第2話.弁理士の仕事と、その将来性」との関係の下で説明します。第2話では、『弁理士が知的財産「権」の創造主体、すなわち、創作者や事業者が創り出した知的財産を素材として、知的財産権という法律上の権利を創り出すクリエイターとして活動している限り、弁理士の仕事の将来性は揺るがない』とお話ししました。特許を例にして、特許事務所の弁理士による権利化業務をチャートで描くと、図示のようステップAからDまでの4段階になります。
≪第1段階:発明を把握するステップAの仕事≫
第1段階は、依頼人(企業、発明者)からの出願相談を受けて、弁理士が権利化対象の発明を体系的に把握していく仕事です(ステップA)。例えば、メモ書きや手書き図面のような文書による説明、対面あるいはテレビ会議での議論や質疑応答、試作品やデータ表を見ながらの発明者による解説、その他の多様なコミュニケーションによって発明者から必要な情報を得ることにより、弁理士は権利化すべき発明の構成や作用効果を把握します。
なお、出願企業の社内で知財部が活動している場合、出願の書式に沿ったスタイルで発明の構成や効果が記載された発明提案書/出願依頼書が用意されること多々あります。しかし、この書面のみで社外の事務所弁理士が発明を十分に把握するのは難しい場合が多く、面談等の多様なコミュニケーションが併用されることが多いです。さらに言えば、このように社内検討で発明提案書/出願依頼書が用意されている場合こそ、外部の弁理士は内部の関係者とは違った観点、別の視点で発明の構成や作用効果を検討し、多様なコミュニケーションを通して特許化の価値を高めていくことができれば、それは企業にとっては「頼りがいのある事務所の弁理士」になるわけですから、実力の発揮しどころと言えるでしょう。
このステップAの仕事は、出願にかかる発明の構成要件等を特定するための第1段階の活動であり、権利化業務のベースとなります。人工知能は技術文書(出願明細書等)から発明概念を把握するのが不得手のようですが、将来は、発明の説明書として完成された技術文書が存在すれば、人工知能が発明概念を把握する能力を獲得できるようになるかもしれません。しかし、仮に完成文書から発明概念を把握できるようになったとしても、例えば面談、メモ書き、図面、試作品等も交えた多種多様な手段でのコミュニケーションを介して発明概念を把握していくことは、人工知能では代替え不能と言って良いほど、困難かつ人間的な仕事と考えられます。
≪第2段階:特許性で発明を絞り込むステップBの仕事≫
第2段階は、ステップAで把握した発明概念について、その特許性を考慮しながら権利化対象の発明の範囲を絞り込んでいく仕事です(ステップB)。この仕事をするためには、対象発明の新規性および進歩性を判断できる能力が必要ですが、第3話で述べたとおり、特許性の判断(特に進歩性の判断)は人工知能にとって極めてハードルの高い仕事と考えられます。
このステップBの仕事は、公知文献から想定される技術水準を見据えながら、権利化対象の発明のカテゴリーとその構成要件を特定していく思考プロセスであり、単なる構成要件の対比や経験則の当てはめで済ませられるような活動ではありません。発明の範囲を絞り込むプロセスの随所に、柔軟かつ高度な価値判断を伴う創造性の高い活動です。権利化実務についての良質な研修訓練と、豊富かつ多様な実践経験を持つ弁理士が担い得る専門性の高い仕事であり、過去の経験則を当てはめることで結果を推論していく人工知能には担うことが困難な知的な活動です。
≪第3段階:事業性で発明を絞り込むステップCの仕事≫
第3段階は、ステップAで把握してステップBで絞り込んだ権利化対象の発明について、さらに実用性や事業性の観点で発明の範囲を絞り込んでいく仕事です(ステップC)。この仕事をするためには、発明にかかる事業環境や権利化の狙いなどを知る必要があり、その上で、権利化対象の発明の構成要件や実施の形態を特定していくことになります。
このステップCの仕事は、技術や法律以外の観点で権利化対象の発明のカテゴリーとその構成要件を特定していく活動です。社内の知財部体制が充実している先進企業では、この活動は社内で実質的に済まされていることもありますが、こういう場合こそ、社外の弁理士が活躍するステージともいえます。社外の弁理士であるからこそ、また、事務所の弁理士として他社のケースで多様な経験を蓄積しているからこそ、プロセスの随所に現れる柔軟かつ高度な価値判断を必要とする場面で効果的な役割を果たすことができます。このプロセスは、極めて創造性の高い活動であり、人工知能によって代替えするのは不可能と言って良いでしょう。
≪第4段階:クレーム、明細書を作成するステップDの仕事≫
第4段階の仕事は、ステップAで把握した発明について、ステップBとステップCの検討結果を踏まえて、法定の記載要件を満足するクレームや明細書を作成・作文する仕事です(ステップD)。この仕事は、権利化を希望する発明の目的、解決課題、解決手段、実施の形態、作用効果などを文章で解説していく創作性の高い文筆活動です。出願1件あたり和文1万文字を超えるのはごく普通の分量であり、技術知識と法律知識をバックグラウンドにしてクレームや出願明細書を作文する仕事です。このような文筆活動は、知恵と英知と創造性を兼ね備えて、実務的にも訓練された人間のみが為し得るものであり、人工知能で置き換えることができる種類のものではありません。
なお、類似する構成の出願発明が多数存在する場合や、発明の構成要件の一部を種々の態様に変形した関連する出願発明が幾つか存在するような場合であって、しかも特定分野の発明については、クレームや明細書のドラフトを人工知能で自動作成することも可能でしょう。例えば、ビジネスモデル関連発明やゲーム関連発明の場合は、人間によって決められたルールや約束事を前提として、データ処理の手順や情報の組み合わせなどで発明が構成されるため、人工知能によるクレームや明細書のドラフト作成に適しており、そのようなチャレンジも始まっています。もちろん、このような場合でも、完全自動化は非常に困難であり、重要なポイントのところで熟練の弁理士が適宜の判断や指示、調整を行うことが不可欠です。
特許制度で保護される発明には、ビジネスモデル関連発明やゲーム関係の発明のほかに、ハードウエアを巧みに利用するシステム発明や、さらに、機械、電気、化学、生物バイオ等のリアルな構造物や合成物、自然物に関わる種々の技術分野があります。これらのリアルな構造物等に関わりが多い発明は、人工知能によるクレームと明細書のドラフト作成支援のハードルは高いと考えられます。
以上の話をまとめると、弁理士による権利化業務の第1段階から第4段階の全てにおいて、第2話でもお話しした通り、
『弁理士が知的財産「権」の創造主体、すなわち、創作者や事業者が創り出した知的財産を素材として、知的財産権という法律上の権利を創り出すクリエイターとして活動している限り、弁理士の仕事の将来性は揺るがない』
ということです。
第1話と第2話では、知的財産および知的財産制度の将来性は盤石であると述べました。だからと言って、弁理士の将来も盤石で安泰かというと、必ずしもそうとは限りません。弁理士として何ができるか、どんな仕事ができるかによって、その弁理士の将来性は左右されるということです。人工知能では代替えできないクリエイティブな仕事ができるか否か、これが勝ち組と負け組の分水嶺になるということです。
そうであるなら、知的財産権のクリエイターとして縦横無尽に活躍できるよう研鑽と研修を重ねつつ、権利化実務の訓練環境が整った特許事務所に職を得て、知財専門家たる弁理士として着実に成長していくことが大切です。弁理士試験は知的財産権のクリエイターの登竜門でありながら、出発点に過ぎないことを自覚して、めでたく試験合格の栄冠を獲得した後も、謙虚に努力していくことが大切です。
努力する者は必ず報われます!