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[特許/EPO]コンピュータシミュレーションの特許性に関する拡大審判部の審決

欧州特許庁(EPO)の拡大審判部は、2021年3月10日、付託されていたコンピュータシミュレーションの特許性に関する質問に対して審決を下した(G1/19)。審決によれば、コンピュータシミュレーションの特許性の判断においても、通常のコンピュータ利用発明と同様の基準(COMVIKアプローチ)が適用される。よって、第1のハードルとして特許適格性要件(EPC 52条(2)(3))及び第2のハードルとして進歩性要件(EPC 56条)を満たしているか判断する二段階ハードルアプローチが取られ、進歩性の判断においては、クレームされた特徴が技術的課題の解決に貢献するか否かが評価されることになる。

この審判の対象である出願は、駅やスタジアムなどでの人の動きをシミュレーションする方法に関するものであり、駅やスタジアムを設計する際に有用である。審査では、当該シミュレーションは物理的な実体との直接のリンクを欠いており、発明の技術的性質に貢献するものではないなどとして、進歩性欠如を理由に拒絶されていた。

審判において出願人は、「回路シミュレーションのためにコンピュータで動作する方法は、シミュレーションに最終製品である回路が入っていないという理由だけでシミュレーションに技術的効果がないとはいえない」とする過去の別のケースでの審決(T1227/05)を引用し、「環境における歩行者群の動きのモデル化は、コンピュータで実施される方法に対する技術的目的を十分に定義している」と主張していた。

審判部は、このようなコンピュータシミュレーションをどう審理すべきかについて、欧州特許条約や過去の審決例(T1227/05など)からは判断できず、これは基本的重要性を持つ法律問題であるとして、拡大審判部に判断を付託した(中間決定T0489/14)。

拡大審判部に付託された質問およびそれに対する回答は、下記の通りである。

質問1:進歩性の評価において、コンピュータ利用のシミュレーションそれ自体がクレームされている場合、技術的システム又はプロセスのコンピュータ利用のシミュレーションは、コンピュータ上でのシミュレーションの実装を超えて、技術的効果をもたらす技術的課題を解決するものといえるか?

回答1:クレームされた、技術的システム又はプロセスのコンピュータ利用のシミュレーションそれ自体は、進歩性判断の目的においては、コンピュータ上でのシミュレーションの実装を超えた技術的効果をもたらすことにより、技術的課題を解決しうる。

質問2a質問1がYesの場合、クレームされたコンピュータ利用のシミュレーションそれ自体が技術的課題を解決するか否かの評価基準は何か?

回答2a:付託質問としては許容されず、回答無し

質問2b特に、当該シミュレーションが、シミュレーションの対象となるシステム又はプロセスの背後にある技術原理に少なくとも部分的に基づいていれば十分か?

回答2b:上記判断において、当該シミュレーションが、シミュレーションの対象となるシステム又はプロセスの背後にある技術原理に全部又は一部基づいているということだけでは十分ではない。

質問コンピュータ利用のシミュレーションが設計プロセスの一部として、特に設計の検証のためのものとしてクレームされている場合、質問1、2に対する回答はどうなるか?

回答3:コンピュータ利用のシミュレーションが設計プロセスの一部として、特に設計の検証のためのものとしてクレームされている場合であっても、質問1、2に対する回答は変わらない。

参考までに審判で提出された主請求におけるクレーム1は、下記のものである。

“1.   A computer-implemented method of modelling pedestrian crowd movement in an environment, the method comprising:
   simulating movement of a plurality of pedestrians through the environment, wherein simulating movement of each pedestrian comprises:
   providing a provisional path through a model of the environment from a current location to an intended destination;
   providing a profile for said pedestrian;
   determining a preferred step, to a preferred position, towards said intended destination based upon said profile and said provisional path, wherein determining said preferred step comprises determining a dissatisfaction function expressing a cost of taking a step comprising a sum of an inconvenience function expressing a cost of deviating from a given direction and a frustration function expressing a cost of deviating from a given speed;
   defining a neighbourhood around said preferred position;
   identifying obstructions in said neighbourhood, said obstructions including other pedestrians and fixed obstacles;
   determining a personal space around said pedestrian;
   determining whether said preferred step is feasible by considering whether obstructions infringe said personal space over the course of the preferred step.”

20210628

コンピュータシミュレーションは、研究開発や製品設計において重要さを増しており、今後も特許出願は増加するものと思われるが、その特許性判断において、通常のコンピュータ利用発明と同様に扱われることが明確になり、追加の要件が課されなかったことは喜ばしいことである。

コンピュータ利用発明にCOMVIKアプローチを適用するに当たり、コンピュータは技術的手段であり、技術的手段の利用は技術的特徴の存在を示すものであるため、特許適格性(EPC 52条(2)(3))に関する第1のハードルをクリアするのは比較的に容易である。一方、進歩性に関する第2のハードルは、技術的特徴と非技術的特徴とが混在していることが多いコンピュータ利用発明では、クリアするのに困難を伴う。非技術的特徴はそれ自体では技術的課題の解決に貢献できないため、進歩性の評価においては原則として考慮されないためである。ただし、非技術的特徴それ自体であっても、クレームされた発明の文脈によっては技術的課題の解決に貢献し、よって発明の技術的性質に貢献する場合がある。

今回のモデル化されたプロセスは、所定環境における歩行者群の動きであり、物理的な実体との相互作用を伴わない数値の入出力のみからなるシミュレーションプロセスであった。このプロセス自体は技術的なものではないが、拡大審判部は、シミュレーションされたシステムやプロセスが技術的であるか否かは決定的ではなく、むしろそのシステムやプロセスのシミュレーションが技術的な課題の解決に貢献しているかどうかが重要であると述べている。そして、コンピュータ上でのシミュレーションの実装を超えた技術的効果をもたらす場合には、 技術的課題を解決するものと判断され得ると述べている。

また、クレームされた特徴は、入力又は出力の形で技術的効果に関連していない場合でも、発明の技術的性質に貢献しうるものであり、物理的な実体との直接的なリンクが必ずしもすべての場合に必要なわけではなく、例えばコンピュータやネットワーク内部で生じる効果についても、技術的効果として認められ得ると述べている。それでは、コンピュータシミュレーションにおいて十分に技術的効果が認められるものにするにはどうすべきか? 一つの方法として、拡大審判部は、シミュレーションの精確性は、シミュレーションの実装を超えて技術的効果に影響を与え得る一つの要因であり、進歩性の判断において考慮され得ると述べている。

さらに、コンピュータシミュレーションの結果の更なる意図された技術的使用が少なくともクレームによって示唆される場合には、技術性に貢献し得ると述べている。これを考慮すると、コンピュータシミュレーションの出力の技術的使用に関して、少なくとも一つの従属クレームを作っておくのが好ましい。

以上、本審決から得られる教訓を下記にまとめる。

・コンピュータシミュレーションは、その特許性判断において、通常のコンピュータ利用発明と同様に扱われ、同様の基準(COMVIKアプローチ)が適用される
・シミュレーションされたシステムやプロセスが技術的であるか否かは決定的ではなく、むしろそのシミュレーションが技術的な課題の解決に貢献しているかどうかが重要である
・コンピュータ上でのシミュレーションの実装を超えた技術的効果をもたらす場合には、 技術的課題を解決するものと判断され得る
・物理的な実体との直接的なリンクが必ずしもすべての場合に必要なわけではなく、例えばコンピュータやネットワーク内部で生じる効果についても、技術的効果として認められ得る
・シミュレーションの精確性は、シミュレーションの実装を超えて技術的効果に影響を与え得る一つの要因であり、進歩性の判断において考慮され得る
・コンピュータシミュレーションの結果の更なる意図された技術的使用が少なくともクレームによって示唆される場合には、技術性に貢献し得る

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