[特許・意匠・商標/EU、英国]イギリスのEU離脱協定案が公表される ~登録済みの欧州連合商標・共同体意匠は再審査なしでイギリスの権利取得を可能とする方針も、欧州単一特許制度の取扱いについては今後交渉開始か~
(※EU離脱交渉における知的財産分野の協定案等についての続報はこちら)
(※イギリスのEU離脱延期についての続報はこちら)
2017年3月29日にイギリスがEUに対して離脱通告を行ったことによりブレグジットに関する交渉期間(原則2年間)が開始されたが、懸案であった商標・意匠関連の取扱いについては、2018年に入って2月末から3月中旬にかけて大きな進展があった。
その進展とは、離脱協定案(Draft Withdrawal Agreement)の取りまとめで、イギリス政府及び欧州委員会の双方から3月19日付けで交渉担当者レベルでの合意内容を含む形で公表された。
交渉段階の案であり、最終的な合意までに変更が加えられる可能性はあるが、知的財産分野については出願人及び権利者への負担やイギリスのEU離脱に伴う混乱を極力低減させることを意図したと考えられる内容になっている。また、交渉担当者レベルでは合意に達し、法技術的な変更のみが予定されている条項には、欧州連合商標(EUTM)及び登録共同体意匠(RCD)の取り扱いに関するものが多く含まれている。
(※離脱協定案の冒頭で説明が付されているように、法技術的な変更のみが予定されている条項は、緑色のハイライトで強調されている。)
例えば、図に示すように、合意の発効日から2020年12月31日までを移行期間として(121条)、移行期間満了前に登録済みのEUTM及びRCDについては、再審査なしでイギリスで同等の権利を取得できるとされている(50条1.(a)及び(b))。なお、手続き及び費用については、特定の行政手続き不要で無料とすることをEU側は求めているが(51条)、今後、イギリスとの交渉において議論される模様である。
※追記(2018年7月30日)
51条に関して、イギリス知的財産庁は「IP and BREXIT: The facts」の2018年7月23日付け更新にて、下記引用のとおり、欧州連合商標(EUTM)及び登録共同体意匠(RCD)をイギリスにおける同等の権利とする移行措置を「自動的かつ無料」とする予定であることを示した。
“Subject to agreement of the Withdrawal Agreement, we will continue to protect all existing registered European Union Trade Marks, Registered Community Designs, and Unregistered Community Designs as we leave the EU. We will do so by creating over 1.7 million comparable UK rights, which will be granted automatically and free-of-charge.”(下線及び強調を追加)
<図:離脱協定案における欧州連合商標及び共同体意匠の取り扱いと移行期間の関係>
この50条1.(a)及び(b)をはじめとして、EUTM及びRCD関連で交渉担当者のレベルで合意に達している条項には下記が含まれる。
- 移行期間満了前のEUTM及びRCDの登録について、イギリスにおける権利は再審査なしで移行(50条1.(a)及び(b))
- 商標及び意匠の更新の取り扱い(50条4.)
- 商標の優先権、真正な使用(genuine use)を根拠とする取り消し、及び、商標が獲得した名声の取り扱い(50条5.)
- 意匠の保護期間及び優先権の取り扱い(50条6.)
- マドリッド協定議定書に基づく国際登録及びハーグ協定に基づく国際出願の取り扱い(52条)
- 非登録共同体意匠の取り扱い(53条)
- 移行期間満了前に係属中のEUTM及びRCDは、移行期間の満了後9か月以内にイギリスに再出願可能(55条1.及び2.)
- 消尽の取り扱い(57条)
現在の案で最終合意に至った場合、移行期間が満了する2020年12月31日まで(すなわち、現在の交渉期限である2019年3月末よりも先まで)の当面の間は、イギリスで有効な商標権及び意匠権を取得するためにEUTM及びRCDは引き続き利用可能となる。したがって、同一内容の出願についてEUTMやRCDを利用しつつ、それと並行してイギリスへ直接出願することを積極的に選択する必要はないと考えられる。
しかしながら、例えば、商標については、イギリスにおける使用予定が欧州の他の国と異なっている等の個別の事情に応じてイギリスへの直接出願を検討すべき場面も想定されるため、今後の交渉の行方を見守りつつ、詳細な検討が必要になる可能性がある。
一方、意匠については、ハーグ協定がイギリスにおいて2018年6月13日に発効することが発表されており、発効から移行期間満了までは、イギリスでの意匠権取得に際して、①イギリスへの直接出願、②RCD出願、③欧州(RCD)又はイギリスを指定した国際出願(ハーグ出願)から選択することが可能になる。
欧州単一特許制度については、今回の離脱協定案に関連する条項は含まれていないが、イギリスが4月26日に統一特許裁判所協定に批准したことから、単一特許制度の枠組みにイギリスが残留することについての具体的な交渉が今後実施されるとみられる。今回のイギリスの批准により、欧州単一特許制度の開始については、2017年6月にUPC協定批准の合憲性に関する申立てがドイツ・連邦憲法裁判所に対してなされたことを受けて、ドイツの批准手続きが停止していることが実質的には最後の障害として残された。そのため、EUとイギリスの交渉とあわせて、ドイツの連邦憲法裁判所がどのような判断を示すかが注目される。
なお、欧州特許条約(EPC)はEU法の枠組みから独立しているため、イギリスのEU離脱後も、現状通りにイギリスで有効な特許権の取得にEPCを利用できる点に変わりはない。ただし、EU規則に基づく医薬品の補足保護証明(SPC)については、今後の交渉において必要な措置が議論されるとみられる(離脱協定案56条)。
【出典】
(1)欧州委員会「Draft Agreement on the withdrawal of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland from the European Union and the European Atomic Energy Community」
(2)イギリス政府(Department for Exiting the European Union)「Policy Paper: Draft Withdrawal Agreement – 19 March 2018」
(3)イギリス知的財産庁「IP and BREXIT: The facts(2018年4月26日更新)」
(4)日本特許庁「ハーグ制度への加盟:英国(参考訳)」
(5)ジェトロ・知財ニュース「欧州知的財産ニュース 2018年3月19日 英国、意匠の国際登録に関するハーグ協定のジュネーブ改正協定を批准(PDF)」
(6)ジェトロ・知財ニュース「欧州知的財産ニュース 2018年4月30日 英国、欧州統一特許裁判所(UPC)協定を批准(PDF)」
(7)欧州統一特許裁判所「RATIFICATION UPDATE」
(8)欧州特許庁「United Kingdom ratifies Unified Patent Court Agreement」
(9)欧州特許庁「EPO and CIPA: no impact of Brexit on UK membership of EPO」
【参考】
ジェトロ・知財ニュース「欧州知的財産ニュース 2018年9月27日 英国政府、EU離脱協定の合意がなかった場合(「No Brexit Deal」)における知的財産関係のガイダンス文書を公表(PDF)」
ジェトロ・調査レポート「英国のEU離脱(ブレグジット)に向けた日本企業の留意点(2018年10月)」※レポート本文の「(8)知的財産権 」参照
ジェトロ・調査レポート「英国のEU離脱に関する法律・制度上のガイドブック(2018年10月)」※レポート本文の「Ⅶ 知的財産権に関する影響」参照
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***更新情報(2018年7月30日)***
イギリス知的財産庁「IP and BREXIT: The facts」の2018年7月23日付け更新の内容を本文中に追加
***更新情報(2018年10月4日、10日、11月2日)***
【参考】に「合意なき離脱(No Brexit Deal)」となった場合における特許、意匠及び商標の取扱いに関するイギリス政府のガイダンス文書等に関する記事へのリンクを追加
***更新情報(2018年12月4日)***
Draft Withdrawal Agreementの和訳を「離脱合意案」から「離脱協定案」に変更