[特許/欧州] 欧州単一効特許・統一特許裁判所、運用開始は2022年終盤か2023年初頭か
欧州単一効特許・統一裁判所制度の開始は、2022年1月現在、ドイツによる統一特許裁判所協定(UPC協定)の批准書の寄託が鍵となっている。
UPC協定の批准に係る国内法に関しては、ドイツにおいて2017年に1回目の違憲申立が提起され、同法が議員の3分の2以上の賛成票をもってドイツ連邦議会で可決されたものではないとの理由で、2020年3月に憲法違反との判断が下されていた。これを受けて、ドイツ連邦議会は2020年11月に同法を議員の3分の2以上の賛成多数で改めて可決し、ドイツ連邦参議院も2020年12月に可決したところで、2回目の違憲申立が出されていた。
これに対し、ドイツ連邦憲法裁判所は2021年7月9日、UPC協定の批准に係る国内法を違憲とする2回目の違憲申立(2件の仮差止申請)を却下した旨を公表した。この却下決定を受け、同法の施行に向けて再び動き出し、大統領が同法に署名し2021年8月12日付でドイツ連邦法律公報において同法が公布されたことで、2021年8月13日に同法がドイツにおいて施行された。
UPC協定の批准に係る国内法が施行されたことで、ドイツはいつでもUPC協定を批准できる状態になったものの、ドイツがEU理事会事務局に批准書を寄託するのはまだ先になりそうである。欧州単一効特許・統一特許裁判所制度の本格運用をスムーズに開始するためには、裁判官の採用やITシステムの構築などの準備を進める必要があり、その準備の進捗度合いを見守る必要があるためである。
この準備を進めるためにUPC協定とは別途設けられたものが「UPC協定の暫定適用に関する議定書(PAP-Protocol)」であるが、2022年1月18日にオーストリアがPAP-Protocolの批准書をEUに寄託したことから、欧州単一効特許・統一特許裁判所制度の暫定適用がついに始まった(なお、スロベニアは2021年10月にPAP-Protocolを批准した)。これにより、UPC協定の一部が適用開始となり、裁判官の採用やITシステムの構築等の裁判所の実際の設置に関する諸々の準備が進められていくことになる。
最終的には、ドイツが批准書を寄託して4ヶ月後にUPC協定が発効する予定であるため、UPC協定の暫定適用が始まって準備が進み、統一特許裁判所の開所の目途が立った段階で、ドイツはUPC協定の批准書を寄託するものと推測されている。なお、暫定適用の期間は、少なくとも6-8ヶ月は続くと予想されている。
UPC準備委員会が2021年8月18日に出した声明によれば、UPC協定の発効は、全てが円滑に進めば2022年中旬には実現されるのではと予測されているものの、早くても2022年終盤か2023年初頭と考えるのが現実的かと思われる。
イギリスのEU離脱に伴う諸問題も、この暫定適用の期間に解決が図られる必要がある。統一特許裁判所の第一審裁判所における中央部の一つはロンドン(バイオ、製薬、化学)に設置される予定であったが、これをどのように解決するのかは注目されている。他の中央部であるミュンヘン(機械)とパリ(その他全般)に集約させる案、パリ(その他全般)のみに集約させる案、イタリアやオランダといったUPC協定署名国の一つに新しく中央部を設置する案などが議論されているが、UPC協定では想定されていなかった事態であるため、最終的には政治的に解決が図られるものと思われる。現状では、当面、パリの中央部にIPCでA分類の技術(生活必需品)を集約し、ミュンヘンの中央部にIPCでC分類の技術(化学;冶金)を集約する案が有力視されているようである。
なお、UPC協定には2021年12月時点で16か国(下表参照)が批准済みであり、発効に必要な「13か国の批准」という一つの要件はクリアしている。イギリスは、2020年7月20日、批准の撤回をしている。ハンガリーでは現行憲法下でUPC協定の批准は認められないとする決定を同国の憲法裁判所が2018年6月26日に下した。ハンガリーでは、比較的頻繁に憲法の改正が行われている模様であるが、今回の決定により、UPC協定が発効し、欧州単一特許制度が開始されても、ハンガリーの参加は遅れることが予想される。
UPC 協定の暫定適用が2022 年1月19日に始まったことから、本格運用開始が現実味を帯びて来た。欧州で特許ポートフォリオを構築しようとする者は、欧州単一効特許・統一特許裁判所制度のメリット・デメリット等を考慮し、2022 年の早いうちに欧州での特許戦略の再検討を始める必要があると思われる。
メリットとしては、特許権侵害に対する権利行使において、UPC協定を批准している各国にそれぞれ訴訟提起する場合と比べて、一つの手続でリーズナブルなコストで訴訟を提起することができる点、UPC協定を批准している比較的多くの国で特許権を取得維持する場合には、これまで通りEP経由でValidationする場合と比べてコストを抑えることができる点などが挙げられる。なお、単一効特許を利用する場合とこれまで通りEP経由でValidationする場合とを比較したとき、出願から維持年金まで含めて費用が逆転する国数は、典型的な出願を仮定した場合には4-6か国程度と推測されている。
デメリットとしては、セントラルアタックにより一つの手続で単一効特許が無効にされ得る点、一つの国で特許権が不要になってもその国の権利だけ放棄することができず、単一効特許を維持するか放棄するかしか選択枝が無い点、当面の間は裁判の質がどの程度が分からない点などが挙げられる。
なお、旧来のEP経由でValidationした特許も、原則として欧州統一裁判所での審理の対象になる。ただしUPC協定が発効してから最初の7年間(5年後のレビューの結果により最大14年まで延長可)は、オプトアウトの手続を取ることで適用を免れ得る。
これらを踏まえて、欧州での特許ポートフォリオを構築しようとする者は、(1)自身のこれまでの特許ポートフォリオをレビューし、EP経由の特許について欧州統一裁判所での審理の対象とする(オプトイン)か、オプトアウトするかを決める必要がある。ちなみに、デフォールトはオプトインである。オプトアウトした後でも改めてオプトインすることができるが、再度のオプトアウトはできない。また、(2)今後はEPで審査を受けた後で単一効特許を選択する必要性があるか、必要性がある場合はどのような場合に選択するかなどの方針を決める必要がある。さらに、オプトアウトできなくなる7年後(最大14年後)を見据えて、(3)統一裁判所での審理の対象となることから逃れるために、権利化においてEPルートを使わずに各国ルートを選択する必要性があるか、必要性がある場合はどのような場合に選択するかなどの方針を決める必要がある。