[特許/中国] 悪意ある知的財産侵害訴訟の構成要件
本稿では、知的財産侵害訴訟の提起に悪意があったか否かが争点となった事件(事件番号:(2021)最高法知民终1353号)を紹介する。
【事件の概要】
桂林某会社(以下、「甲」という)は、湖南某会社(以下、「乙」という)が提起した知的財産侵害訴訟(以下、「侵害訴訟」という)に悪意があるとして損害賠償等を求める訴えを提起した。
【主な争点】
乙による侵害訴訟の提起に悪意があったか否か。
【結論】
中国最高人民法院は、侵害訴訟の提起に悪意があったとは認められないとの湖南省長沙市中級人民法院の判断を支持した。
【事件の詳細】
上図を参照して、侵害訴訟が提起された当時の状況について説明する。甲は、自身の株式発行申請が中国証券監督管理委員会(以下、「証監会」という)により受理された旨を公表した(2018年5月9日)。その後、乙は、甲が自己の特許権(方法発明)を侵害したとして侵害訴訟を提起した(2018年7月13日)後、侵害訴訟を提起した旨等について証監会に情報提供をした。証監会は、当該情報提供を受けて甲の株式発行を審議する会議を延期することを決めた(2018年8月20⇒2018年11月19)。その後、乙は、証拠保全及び甲の生産現場への立入等の申請が許可されなかったため侵害訴訟を取り下げた(2019年5月20日)。甲は、乙による侵害訴訟の提起が自己の株式発行を妨げたとして、損害賠償等を求める訴えを提起した。
中国最高人民法院は、悪意のある侵害訴訟の構成要件:①提起された訴訟が権利基礎又は事実根拠を明らかに欠けており、②起訴人がこれについて明知しており、③他人に損害を与えており、④提起された訴訟と損害結果との間に因果関係が存在する、を示したうえ、訴訟プロセスの進行にしたがって当事者が訴訟行為等を改変することは一般的にみられることであり、当事者は訴訟の提起のタイミング、証拠の種類又は訴訟の取り下げを選択する権利を有しているとの見解を示した。そして、本案においては、特許権者として、侵害の可能性に気づいたとき訴訟を提起する権利を有しており、乙による証監会への情報提供は事実の捏造等には該当せず、証監会への情報提供、訴訟の取り下げとの行為だけをもって、乙による起訴の目的が自己の権利の主張ではなく他人の侵害にあるということができないと判示した。
【コメント】
明らかに根拠等を伴わない侵害訴訟の提起でなければ悪意とはいえないと判示されたので、特許権者の権益がしっかり保証された印象である。
本事件では乙による訴訟の提起のタイミングが証監会の会議の開催予定日の直前であったことが争いの発端であるようだが、訴訟の提起の別のタイミングについて検討してみる。甲による株式発行申請の受理の公表の前から甲は二回にわたって乙の特許権について無効審判を請求していたので、乙が甲の侵害行為を疑うのは合理的である。株式発行申請の受理の公表の前に乙が訴訟を提起した場合には、甲は証監会の会議の開催予定日の前に訴訟が提起された旨の情報を証監会へ報告する義務を当然有しているし、株式発行申請の受理の公表の後に乙が侵害訴訟を提起する場合には、証監会の会議がその他の理由により遅延する可能性も十分あるなかで、敢えて証監会の会議の終了後に訴訟を提起する理由も特に見当たらない。したがって、乙による訴訟の提起のタイミングが証監会の会議の開催予定日の直前であったことをもって悪意を証明するには説得力がやや弱い印象を受けた。
[出典]
1.最高人民法院知的財産法廷「恶意提起知识产权诉讼的构成要件」
2.「中国裁判文书网」(上記事件番号で検索)