特許 令和3年(行ケ)第10135号「スタッファー/フィラーポリヌクレオチド配列を含むベクターおよびその使用方法」(知的財産高等裁判所 令和4年11月30日)
【事件概要】
拒絶査定不服審判において本願請求項30に係る発明(本願発明30)は新規性欠如と判断した審決を知財高裁が支持した事例である。
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【争点】
本願発明30と引用発明との相違点として、引用先(請求項1)の「前記不活性のフィラーまたはスタッファーポリヌクレオチド配列はアデノ随伴ウイルス(AAV)の二つのITR配列の外側に位置し、該第1の不活性のフィラーまたはスタッファーポリヌクレオチド配列が7.0ないし10.0Kbの長さを有する」(下線部②の構成)を取り上げなかった審決の判断は妥当か。
(特許請求の範囲)
【請求項1】
異種ポリヌクレオチド配列を含むベクターゲノムと、
第1の不活性のフィラーまたはスタッファーポリヌクレオチド配列を含んでなり、
前記異種ポリヌクレオチド配列が4.7Kbを下回る長さを有し、かつアデノ随伴ウイルス(AAV)の二つのITR配列の内側に位置し、前記不活性のフィラーまたはスタッファーポリヌクレオチド配列はアデノ随伴ウイルス(AAV)の二つのITR配列の外側に位置し、該第1の不活性のフィラーまたはスタッファーポリヌクレオチド配列が7.0ないし10.0Kbの長さを有する組換えベクタープラスミド。
【請求項30】
請求項1ないし27のいずれかの組換えベクタープラスミドのベクターゲノムを含んでなるAAV粒子。
【結論】
(1) 本願発明30の技術的意義について
ウ ・・・本願発明30は、「フィラーまたはスタッファーポリヌクレオチド配列が7.0ないし10.0Kbの長さを有する」との構成を有するところ、引用発明においては、この点に関する記載がないことは明らかである。・・・被告は、・・・ITR外側のバックボーン配列は、実質的にはAAVベクターに含まれないものであるとし、・・・構成要素が相違しない旨主張する。しかし、本件審決は、・・・AAVの二つのITR配列の外側に位置する領域に由来する残存プラスミドDNAをごく少量含むものと認定しているところであり、ベクターゲノムがITR外側のバックボーン配列を一部なりとも含む可能性は否定し難い・・・
エ ・・・本願発明30の技術的意義は、AAV粒子を、二つのITRの内側に位置する異種ポリヌクレオチド配列の長さがAAV粒子のパッケージング許容限界(約4.7Kb)を下回るときに、不活性のフィラー又はスタッファーポリヌクレオチドを、導入遺伝子である異種ポリヌクレオチド配列と合わせた長さが少なくともパッケージング許容限界を超えるように調製されたベクタープラスミドのベクターゲノムを含むものとすることで、プラスミドに由来する残存DNA不純物の量を減らし,上記の課題を解決することにあるものと理解できる。
オ ・・・フィラー又はスタッファーポリヌクレオチド配列が7.0ないし10.0Kbの長さを有すること(下線部②)は、その長さそれ自体に独自の技術的意義を見出すことはできないが、前記エの技術的意義に照らし課題の解決に資する長さを構成するという限度では有意であると理解すべきである。
カ 以上によれば、本願発明30の構成要素として下線部①の構成のみを取り上げるのは相当とはいえず、本願発明30の「AAV粒子」には、下線部②の構成がそのままパッケージ化されるものではないとしても、この構成を含めて、引用発明との対比をすべきであるから、この点においては、本件審決の判断には誤りがある。
(2) 本願発明30と引用発明との対比について
イ ・・・本願発明30においては、ベクタープラスミドのフィラー又はスタッファーポリヌクレオチド配列の長さが「7.0ないし10.0Kbの長さ」という特定の範囲の長さであることには技術的意義がなく、AAV粒子を、導入遺伝子の長さがAAV粒子のパッケージング許容限界(約4.7Kb)を下回るときに、不活性のフィラー又はスタッファーポリヌクレオチドを導入遺伝子である異種ポリヌクレオチド配列の長さと合わせて少なくともパッケージング許容限界の長さを超えるように調製されたベクタープラスミドのベクターゲノムを含むものとすることにその技術的意義があると理解でき・・・本願発明30と引用発明とは、その技術的意義において同一であり、本願発明30において、ベクタープラスミドのフィラー又はスタッファーポリヌクレオチド配列の長さを「7.0ないし10.0Kbの長さ」という特定の範囲の長さにしたことは実質的な相違点とはいえない。
【コメント】
技術的に補足すると、本願発明30の「AAV粒子」は、一般的に二つのITRの間に目的の導入遺伝子を挿入した「ベクタープラスミド」を宿主細胞にトランスフェクションし、二つのITRの間にある導入遺伝子がAAV内にカプシド化されるものであるから、本願発明30の「ベクターゲノムを含んでなるAAV粒子」とは、「アデノ随伴ウィルス(AAV)の二つのITRの内側に位置」する「4.7Kbを下回る長さを有」する「異種ポリヌクレオチド配列」(下線部①の構成)を含むものであるとはいえるものの、下線部②の構成に係る「二つのITR配列の外側に位置」する「フィラー又はスタッファーポリヌクレオチド配列」を含むものであるとまではいえません。
そのため、審決では、下線部②の構成を相違点としなかった訳ですが、「AAVの二つのITR配列の外側に位置する領域に由来する残存プラスミドDNAをごく少量含むものと認定している」と判示されるように、下線部②の構成も本願発明30の「AAV粒子」にも「残存プラスミドDNA」として含まれ、むしろ、この「残存DNA不純物の量を減ら」すことが本願発明の課題であることから、下線部②の構成を相違点として取り上げなかった「本件審決の判断には誤りがある」と判示されました。
しかしながら、フィラー又はスタッファーポリヌクレオチド配列の長さを「7.0ないし10.0Kbの長さ」という特定の範囲の長さにしたことに、技術的意義を認めず、実質的な相違点とはいえない、と最終的に判示しました。
審決における相違点の検討が足らないことを指摘するのみで特許庁に差し戻すことはせず、本願明細書の具体的な記載にまで踏み込んで審決には記載されていない「7.0ないし10.0Kbの長さ」という数値限定の「技術的意義」を解明した上で裁判所が自判した妥当な判決であると考えられます。