特許 令和3年(行ケ)第10093号「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」(知的財産高等裁判所 令和5年1月26日)
【事件概要】
取消事由2(審決におけるサポート要件違反の判断の誤り)についての判断にあたり、原告が当該取消事由2を主張することは特許法167条(審決の効力)に反する旨の被告主張を排斥した上で、請求項1及び9に係る発明はサポート要件に適合するものとは認められないとして、特許無効審判の請求を不成立とした審決を取り消した事例。
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【主な争点】
特許法167条の規定における「当事者」の意義。
【判示内容】
(以下、判決中に記載の法人名を、訴外A、Bのように書き換えています。)
被告は、・・・、原告と訴外Aが実質的に利害関係を共通していることを前提として、本件特許がサポート要件違反等を理由とした別件無効審判に係る別件審決が確定していること等をもって、原告が取消事由2を主張することは特許法167条に反する旨主張する。
しかし、特許法167条は、「特許無効審判・・・の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と定めるところ、原告と訴外A又は訴外Bが本件特許に関する係争に係る製剤等を共同で製品化する関係にあるからといって、原告は、訴外Aと別法人であって、訴外Aと親会社と子会社の関係であるとか、日本法人と外国法人の関係にあるといった、実質的にみれば同一当事者であると評価すべき特段の事情があると認められないから(もとより原告は別件無効審判の参加人でもない。)、そもそも同条の適用はないというべきである。
【コメント】
1.本件の争点は多岐にわたりますが、ここでは本件に係る特許無効審判の請求(本件審判請求)における一部の無効理由についての主張が特許法167条に反するか否かが争点になった部分にスポットを当てます。
2.(1)本件に係る特許(本件特許)について、本件に係る訴訟(本件訴訟)に至るまでの主な経緯は次のとおりです。
訴外A(フランス法人)は、本件特許について、無効理由としてサポート要件違反を含む特許無効審判(別件無効審判)を請求したところ、特許庁は、本件特許の請求項1及び9に係る発明についての審判請求は成り立たない旨の審決(別件審決)をしたので、訴外Aは、別件審決の取消しを求める訴訟を提起したところ、知財高裁は、訴外Aの請求を棄却する判決をし、この判決は適法に確定しました。その後、原告は、本件特許の請求項1及び9について、無効理由としてサポート要件違反を含む本件審判請求をしましたが、特許庁は、請求は成り立たない旨の審決(本件審決)をしたので、原告は本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起しました。
(2)本件訴訟において、被告は、原告は形式的に無効審判請求人を変更して別件無効審判で排斥されたサポート要件違反の主張を行うものであるから特許法167条に反する旨主張しましたが、裁判所は上記のとおり判示してこの主張を排斥しました。
3.特許法167条は、いったん審決された特許無効審判などについて、同一の無効理由によって審判が繰り返されるのを禁止する規定で、一事不再理と呼ばれています。現行法では「・・・、『当事者及び参加人』は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と規定されていますが、かつて(平成23年の特許法一部改正前)は、「何人も」同一事実、同一証拠に基づいて審判請求できないと規定されていたところ、第三者に対してまで特許の有効性について審判で争う権利を制限することは不合理であるとの指摘があったことなどから、この第三者効を廃止したという経緯があります。
本件訴訟において、裁判所は、特許に関する係争に係る製品等を共同で製品化する関係にあることをもってただちに特許法167条所定の「当事者」にあたるとはいえない旨判示しましたが、判示された内容を裏返せば、別法人であっても、「親会社と子会社の関係」であるとか「日本法人と外国法人の関係」にあるような場合には、上記「当事者」と実質的に同一であると評価されることもあり得ると思われます。
4.なお、令和3年(行ケ)第10094号判決についても、本件と同日に、同様の判示がされています。