[意匠/WIPO]ハーグ制度を使った国際出願で困ったこと、気づいたこと
日本は2015年にハーグ協定のジュネーブ改正協定に加入し、以降、日本でハーグ協定に基づく意匠の国際登録制度の利用が可能となった。ハーグ制度を利用した意匠出願は世界全体で増加しており、2022年5月に発表されたハーグ制度についての年報『Hague Yearly Review 2022』によれば、2019年には6,000件近くの出願がされ、2021年はさらに増加し、7,000件近くの出願がされた。
(Hague Yearly Review 2022より引用)
また、ハーグ協定の加盟国も増加してきており、2018年にはロシア、カナダ、2020年にはメキシコと続々と実体審査国の加盟が進み、アジアでは、シンガポール、ブルネイ、カンボジア、ベトナムが加盟した。そして、2022年5月には中国が加盟し、出願人の海外意匠権取得の選択の幅がより一層広がることとなった。
ハーグ制度の利用に際しては、一般的に下記のメリット及びデメリットが挙げられる。
□ メリット
(1)手続の簡素化:
WIPO国際事務局への一つの出願手続で、複数の指定締約国に出願した場合と同等の効果を得ることができる。また、一つの国際出願に最大100の意匠を含むことができる。
(2)権利管理の簡便化:
国際登録の権利は国際事務局において一元管理されるため、存続期間の更新や、国際登録の変更に際して、各指定締約国への手続を省略できる。
(3)経費節減:
現地代理人への出願手続き依頼は任意であるため、出願時のコストを削減できる。
(4)迅速な審査:
指定締約国が拒絶の理由を発見した場合、国際公表から6月(又は、締約国の宣言によって12月)以内に国際事務局に対して、拒絶の通報を送付しなければならないため、国際公表から遅くとも12ヵ月以内には審査結果を得ることができる。
■ デメリット
(1)意匠の内容の公表:
原則、国際登録日(通常は出願日)から12月後に、国際意匠公報が発行されるため、登録の可否に関わらず、意匠の内容が公表されてしまう。
(2)拒絶通報の内容の公表
各指定締約国で出された拒絶の通報の内容が公表されるため、ある指定締約国の審査結果が他の指定締約国の審査に影響を与える可能性等が考えられる。
(3)使用可能な言語:
使用できる言語は、英語、フランス語又はスペイン語に限られているため、日本語で出願することができない。
上述したメリットを考慮すれば、ハーグ制度の利用が推奨される場面も多くあると思われるが、一方で、上記の一般的なデメリットに加え、各指定締約国ごとに留意すべき事項も少なくない。
そこで、本稿では、ハーグ制度を利用した国際出願で「困ったこと、気づいたこと」を、創英各担当者が実際に経験したケースも踏まえて、その一部を事例形式で紹介する。
<事例1> Specificationの記載不備(米国)
米国を指定した場合、Specification(明細書)の記載について、補正指令を受ける事例が多く発生している。具体的には、Figure descriptions(図面の説明/図題)や、Description(意匠に係る物品の説明/意匠の説明)の記載内容について、不明瞭である等の拒絶理由が発せられている。
ハーグ制度を利用して国際出願する場合、WIPO所定の様式に沿って願書等を作成する必要がある一方で、米国実務特有の記載要件もあるため、特に米国を含む複数の国を指定して出願する場合は、Description等の記載内容に注意を払う必要がある。しかし、だからといって米国実務に寄せすぎると、他の指定締約国では不要な記載が含まれることで当該国でのOAを誘発してしまう可能性もあり、また、Description中の単語数が100語を超えると超過分の1単語につき2スイスフランの追加手数料が発生するため、出願時においてどのように記載するかは、実務上悩ましいところである。ひとつの落としどころとしては、国際出願時ではひとまず汎用的な記載にとどめ、米国特許庁からのOAは織り込み済みとして、少なくとも1度はOAを甘受・許容するという考え方もありえるが、事案に応じて個別具体的に検討することが求められる。
もっとも、上記のような補正指令を受けた場合であっても、具体的な補正案について審査官から同時に提示される場合も多いため、権利内容への実質的な影響有無等も考慮しつつ、審査官の求めに応じて対処することで、拒絶理由を解消することが可能である。
<事例2> 図面の不備(主に米国)
ハーグ制度オンラインサービス(eHague)を利用する場合、アップロードできる図面(画像ファイル)の容量について下記制限が設けられている。
(WIPO日本事務局「ハーグ制度よくある質問に対する回答」より引用)
https://www.wipo.int/about-wipo/ja/offices/japan/hague/faq.html
上記容量によれば、基本的には鮮明な図面を提出することが可能と思われるが、図面の大きさが限られていることから、複雑な構造の意匠や線の多い意匠等の場合、線がつぶれて図面が不鮮明になったり、形状が不明確になったりすることで、図面不備のOAを受ける場合がある。この場合は審査官の求めに応じて、鮮明な図面を提出する等の対応が必要となる。
なお、米国等において、以前は断面図の切断線を追加するよう求めるOAを受けることが多かったが、現在は国際出願時に切断線を記載できるようになっているため、この問題は解消されたと言える。
<事例3> 保護付与声明の不発行(シンガポール等)
審査の結果、拒絶理由が発見されない場合、指定締約国は「保護付与声明(Statement of Grant of Protection)」を国際事務局に対して送付することができる(第18の2共通規則(1))。ただし、保護付与声明の送付は任意のため、保護付与声明が発行されない指定締約国もある点には留意が必要である。
例えば、シンガポールは保護付与声明を発行していないため、出願人が審査結果について関知しないまま、いつの間にか登録になっている場面も想定される。そのため、保護付与声明が発行されない締約国を指定した場合は、当該国の拒絶通報期間に応じて、適宜審査状況のアップデートを試みることが有用である。
<事例4> 選択/限定要求(米国、中国、ロシア、ベトナム等)
ハーグ制度では、ロカルノ分類の同一クラス内の意匠であれば、100意匠まで一つの出願に含めることができることとされている。他方、実体的要件として、独自の単一性要件を課している国があるため、それらの国を指定する場合には、あらかじめその国の単一性要件の内容を把握しておくことが望ましい。
特に米国や中国、ロシア等は、単一性の要求を宣言しているため(ジュネーブ改正協定第 13 条(1))、単一性要件を満たさない複数の意匠が出願された場合、選択/限定要求がなされることとなる。選択/限定要求に対しては、いずれか一の意匠を選択し、その他の意匠は個別に分割出願を行う等といった応答が通常可能だが、応答コスト等を踏まえると、出願意匠の数や内容に応じてあらかじめ指定締約国を絞り込む等、事前に整理しておくことが推奨される。
なお、WIPOのホームページでは、1つの国際出願に複数意匠を含む場合のガイダンスを提供している(https://www.wipo.int/export/sites/www/hague/en/docs/hague_system_guidance_multiple_designs.pdf)。下記の表1は、複数意匠を1つの国際出願に含む場合の、締約国ごとの推奨リストを示している。
(ヴァンワウ 雅美氏 「ハーグ制度の概要と近年の変容」『パテント 2022』Vol. 75 No. 10より引用)
上記事例の他、日本の加盟当初(2015年~2017年頃)は、郵送トラブル(WIPOから郵送されたOA通知が代理人事務所に届くまでに相当な時間を要したことから、受領した時には応答期限が間際に迫っていた事例等)も生じていたようだが、近年は電子メールでOA通知を受領するケースが多くなってきているため、この点は解消されつつあると思われる。
以上に紹介したとおり、ハーグ制度を利用して国際出願する際には様々な点で留意が必要だが、加盟国が今後さらに増えることが予想される中、ハーグ制度の利用価値はより一層上がってくると思われる。そのため、出願国や意匠の内容等を踏まえて、ハーグ出願とパリルート等の出願を組み合わせて出願するなど、戦略的に上手く活用していくことが好適である。